それにしても、早く下ろしてくれないかなぁと、藍は朔太郎をちらりと見上げた。

「き、菊助さん。このおかたは、どちらにお通ししましょうか」

朔太郎が、相変わらず前を向いたまま三郎太に問うた。
今はすでに店の前だが、頑張って土手を上がりきった朔太郎は、そろそろ限界のようだ。
藍を支える手が、ぷるぷると震えている。

「ああ、そうだな。女性だし、あんまり人目につかないほうがいいだろう」

「わたくしの部屋がいいわ。離れに行こうにも、中庭を通ったら、駕籠の手入れに起き出している者もいるでしょう。わたくしの部屋なら、人もあまり会わずに済むわ」

では、と、朔太郎は、母屋のほうへ身体を向け、上がり框に足をかけた。
が、その状態で止まってしまう。

「ふんぬっ!」

上体を反らせて勢いをつけ、上ろうとするが、返って身体の均衡を失い、ぐらぐらする。

「おおっとっと。何のっ!」

震える腕に力を込め、顔を真っ赤にして、何とか踏み留まる朔太郎に、三郎太が駆け寄った。