「あ、ねぇ。菊助は?」

お蓉が、さりげなく問う。
朔太郎は、前を向いたまま口を開いた。
勇んで藍を抱きかかえたまでは良かったが、何分まだ少年なので、さほど力もない。
だが今更降ろせないので、頑張っているが、さらに土手を上がっているので、とても後ろを向く余裕などないのだ。

「ああ、あの、お嬢様がおられないのに、菊助さんも何も言わないなんて、おかしいと思っておりましたら、菊助さんまでおられなくて」

「えっ」

お蓉が驚いてみせる。
この分では、二人一緒だったとは、ばれないで済みそうだ。

土手を上がり、千秋屋に入ろうとしたとき、背後から駆けてくる足音と共に、三郎太の声がした。

「お嬢さん!」

「菊助っ!」

何年も離れていた恋人同士のように、お蓉は嬉々として三郎太に駆け寄る。
が、さすがに藍のように、飛びついたりはしない。

「ど、どこに行ってたの? お部屋に、いなかったって・・・・・・」

「あ、えと。いえ、お嬢さんがいらっしゃらないので、驚いて探しに出たんでさ」

「まぁ、そうだったの。ごめんなさい。実は、このかたが・・・・・・」

という一連の猿芝居を、藍は若干はらはらしながら、朔太郎に抱きかかえられたまま聞いていた。

---うもぅ。あんまり長々話さないほうがいいわよ。演技、下手なんだから---