西の市の小物街に入った途端、与一は異変に気づいた。

与力が多い。
下駄屋に近づくほど、人が多くなる。

胸騒ぎを覚え、与一は人を掻き分けて、下駄屋に走った。
下駄屋の前にできた人だかりを抜けると、店先にできた血溜まりが目に入った。

「怖いねぇ。辰巳の腕を妬む輩の仕業かい」

「そんなことで狙われちゃ、腕が良くても良いこたないねぇ」

囁かれる野次馬の声に混じって、裏事情を知っている者の声も聞こえる。

「いやぁ、大方痴情のもつれってやつだろ」

「そうさな。辰巳も、お盛んだったしな」

与一は耳をそばだてた。
野次馬たちの話からして、辰巳がこの血溜まりに関係しているのは、間違いないようだ。

店の中に目を走らせたが、辰巳はもちろん、店の者の姿もない。
奥が何やら騒がしいようだが、今この場で飛び込むわけにもいかない。

与一は下駄屋の周辺に視線をやった。
その与一の目が、隣の茶屋の店先に置かれたままのものを捕らえる。

皿に一つだけ残った、稲荷寿司。

---藍さん!---

与一は素早く辺りを見渡した。
もちろん目に映る範囲に、藍の姿はない。

小さく舌打ちし、与一は人混みに押されるように、下駄屋の裏手に回った。