「じゃあ、ぜひ明日にしましょう。天気予報見ると、明日は1日晴れみたいですし」
そう松崎くんに言われ、私はうなずいた。
彼はさっきの発言は自分でなんとも思っていないらしく、いたって普通だった。そういうところが以前にも感じたことのあるスマート感に繋がっているのだと思った。
その後、私たちは翌日の待ち合わせ場所や持ち物などを確認し、早めに解散した。
家に帰ってから、買ってきた靴を玄関に出してひと息ついた時に、私はふと気がついた。
明日、お弁当か何かを作った方がいいのだろうか?
イメージしか無いのだけれど、登山と言ったら頂上でお弁当を広げて食べて、休憩してから下山するのが一般的な流れではないか。
靴を一緒に見に行ってもらったし、明日だって素人の私と登山してくれるんだし、感謝の意味も込めてお弁当を作るくらいなんてことないはずだ。
深い意味なんて無い。
そこまで考えて、キッチンに立つ。
明日のために少し下ごしらえしようと思ったのだ。
戸棚から大きめのお弁当箱を取り出そうとした時にハッとする。
手にした黒いお弁当箱。
これは、和仁が使っていたものだった。
誰も使うことのなかったお弁当箱。
これを松崎くんのために使っていいのだろうか。
ここで思い浮かんだのは松崎くんのはにかんだような笑顔だった。
ーーーーーこれを使っていいわけない。
すぐに黒いお弁当箱は元の戸棚にしまい、無地の大きめのタッパーを取り出した。



