ジメジメとした梅雨が明けて、夏に入ろうとしている季節。初夏。

青々とした田んぼの苗が風に揺れている。
その脇道を自転車で走り抜ける私。井田春菜、高校1年生。

厳しい両親のプレッシャーが続いた高校受験を乗り切り、県内でも指折りの進学校に入学した。
さっき終わったばかりのテストも、おそらく学年5位には入ったと思う。

今日はテスト最終日で部活もないため、少し遠回りをして帰ってみる。

本当はあまり家に帰りたくないだけ。
良家の箱入り娘だった母に大手企業役員の父。娘に期待するのは構わないが、時々それが期待という名の「支配」に変わる。

私はそれがたまらなく窮屈で、でも1人では何もできなくて、今までずっと親の言いなりだった。

異性との関係もなく、友人は大人しい子ばかり。当たり障りのない会話と勉強、親からのプレッシャー。

そんな時にふと厳格な父が勧めた剣道。これがなかったら私は今頃潰れてしまっていたかもしれない。
高校入学時には迷わず剣道部を選んだ。
母は最後まで茶道や華道をさせたがっていたが…

そんなことを思い返しながら自転車を漕ぐ。
夕方の、少し涼しい時間に1人物思いに耽るのが好きなのだ。

すると、正面から竹刀袋を肩にかけた見慣れた人物がこちらへ向かって歩いてくる。
北川健治…。1学年上の部活の先輩だ。

「どうしよう…」

ただでさえ異性と話すのが苦手な上に北川先輩…。

部活中の真剣な顔、友達との悪ふざけをしているときの笑顔…どの北川先輩を見ても顔が赤くなったり、胸が苦しくなるから極力見ないようにしていたのに。