「敦士くんさぁ」
そう言った橘の瞳が冷たくなるのが分かった。途端にこの男の周りの空気が硬質なものに変わる。瞳が意地の悪い光を孕んだ気がした。
なんだよ、とそれでもムキになって俺はその目を見返した。
「まだ未練あるわけ?なんってったっけ、あの子。歌夜ちゃん?マジで惚れてたの?」
がたんっ。
反射的に投げつけていた。手の中にあったはずのマイク、今は橘の足下に転がってる。床板、へこんだかもしれない。
「おー、恐っ」
途端にふざけた口調に戻った。それでも床に転がったマイクを見やる瞳は冷たさを消していない。
ふざけんな。マジでふざけんな。
あの女の顔が脳裏を掠める。底抜けに明るくて、悩みなんてなさそうに笑うあの女。今更未練なんて、あるわけがない。
「アホなことヌかしてんじゃねぇぞ橘。その名前二度と口に出すな。次は当てる」
未練があるとしたら。女よりも、あの音。あいつのベースの音だ。
「はいはい、ごめん。そんなに怒んなくてもー。でもだったら女の子ってとこ気にすることないじゃん?とにかく一回だけでも華南の音聴いてみてよ、きっと欲しくなるから」
そう言ってヘラッと笑った橘は足元のマイクを拾って、俺の前まで数歩近付いてきた。
「それから、乱暴なのはだーめ」
俺の胸元に押し付けるようにマイクを寄越した。
「マジうぜぇ」



