「あ~あ~、弱いねぇ君は」
呆れたような、憐れむような声の響きと共に背中に置かれる手のひらの感触。冷めた言い方に反してそれだけは温かい。
「新しいボーカル見てショック受けちゃったわけだ」
違う。そうじゃない。
そう言いたいけど、口を開けばまた、胃の底からせり上がってくる何かに負けそうで、何も言えなかった。
「だーいじょうぶ、彼女の声よりも敦士の声のがすげぇから。少なくとも俺はそう感じるよ」
なんだよそれ。慰めにもなんねぇ。お前に褒められたって……。
橘の台詞に、それでも少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。
背中に置かれた手は、動くことなくただそこにあるだけ。
でも、何故だかひどく安心する。そんなふうに感じるのは俺の気の迷いだろうか。
「てかさぁ、こんなライヴハウスのトイレの個室で男二人って、なんだかアヤシい人達じゃない?俺達」
くすくすと笑いをもらしながらそう言った橘は、俺の背中を一発、平手で叩いて自分だけ立ち上がった。
タイルの床をカツカツと鳴らして立ち去りながらフロアへの扉を開ける直前、一度だけ立ち止まる気配がした。そして。
「取り敢えずその涙で酷い顔、おさまったら出ておいで」



