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背中が痛い。叩き付けられるようにして壁際に押さえつけられた目の前には、怒りの色を浮かべ、俺を睨み付ける橘の瞳。
「敦士くーん、キミ、ユキに何したの?」
呑気な口調とは裏腹な、低い声音が問う。
早くこっから出たい……。
胸くそ悪い記憶ばかりが浮かんでくるこのハコは大嫌いだ。虚勢を張るように口元に笑みを乗せる。
「アンタには関係ねぇだろ。だいたい、あんなクズもう忘れた」
ギターの旋律で掻き消えそうな俺の声は、それでも目の前の男には届いたようだった。
掴まれたままの二の腕に橘の指が食い込む。
「クズはどっちだ?あ?テメェだろ?」
それでもにっこり笑う橘の、黒目の奥に赤が見えた気が、した。
怒りの赤。
吐き気がした。
耳に聞こえる音楽も、ライヴハウス特有の熱気も、耳障りな歓声も。
それから、目の前にいるこの男も。
全部が鬱陶しく感じた。
それと同時にこの空気感にまた触れられた安心感が、胸をチクリと刺す。
今更だろ。
自分の本音を胸の奥深くに押し込んだ。



