欲張りなんだろうか、俺は。
だって妥協はしたくないんだ、それだけは。ギターやベースはまだいい、最初は下手でもそれなりに上達するし、聴けるようになる。
だけど声は違う。それは生まれ持ったもんで、いくらなんでも声質を変えることは無理だ。


「でもさ、例えばお前はあのボーカル以外は認めてないんだろー?それと一緒だと思うけど」


暗転したステージに次のバンドの準備が進められてる。今日のトリを飾るバンドだ。


「まあ、そうだけど、さ。だってあの人の歌声は僕にとっては救世主だから」


そういった沢口ジュニアはさり気なく視線を自らの手首に落とす。そこにあるのは愚行の傷痕で、俺には目に入れるだけでも痛々しくて吐き気がする代物。

ステージからはギターのチューニング音。歪んだ音に顔をしかめたふりをして、その手首から目を逸らした俺は、煙草に手を伸ばした。


「わ。まだ煙草吸うんだ?!止めるとか言ってなかった?」

「んー、のはずだったんだけどね。無理でした」


ふざけた口調で返してやったら、露骨に眉をしかめやがった。