木村は、
「三島由紀夫」
が文陣の台風の目になるよう、一編集者として願力せずにはおれなかった。
「煙草」
は収載決定後、長らく組み置かれたままとなっていた。公威は、
「煙草」
に夢見していた。この作品の評判によっては、父梓が嗾(けしか)ける、
「高等文官試験」
を受験せずに、作家として一本立ちできるかもしれなかった。公威は受験勉強に打ち込んでいたが、本心は官僚になって梓の様な人生を送るのは真平であった。
(作家以外の人生は、無意味だ)
とさえ確志している。
だが、
「煙草」
の発表は遅れに遅れて六月になった上に、何の反響もなかった。読者の前を、素通りした様なものである。
公威は川端の勧めもあって、五月晴のアフタヌーン、
「岬にての物語」
を愛用の風呂敷に包んで、日本橋交差点角に聳え立つ白木屋百貨店に現れた。二階には鎌倉文庫の事務所が在り、其処に木村徳三は、編集長として腰を据えている。木村に原稿を見せて評言を請わんと、公威は学生服を着用して緊(きん)褌(こん)一番、鎌倉文庫の扉を叩いた。
川端からは、
「木村君の助言は、私の助言と思ってくれ給え」
と言い含められている。公威はどんな書評でも、敢(あ)えて諾唯(だくい)する覚寤(かくご)であった。
「三島由紀夫」
が文陣の台風の目になるよう、一編集者として願力せずにはおれなかった。
「煙草」
は収載決定後、長らく組み置かれたままとなっていた。公威は、
「煙草」
に夢見していた。この作品の評判によっては、父梓が嗾(けしか)ける、
「高等文官試験」
を受験せずに、作家として一本立ちできるかもしれなかった。公威は受験勉強に打ち込んでいたが、本心は官僚になって梓の様な人生を送るのは真平であった。
(作家以外の人生は、無意味だ)
とさえ確志している。
だが、
「煙草」
の発表は遅れに遅れて六月になった上に、何の反響もなかった。読者の前を、素通りした様なものである。
公威は川端の勧めもあって、五月晴のアフタヌーン、
「岬にての物語」
を愛用の風呂敷に包んで、日本橋交差点角に聳え立つ白木屋百貨店に現れた。二階には鎌倉文庫の事務所が在り、其処に木村徳三は、編集長として腰を据えている。木村に原稿を見せて評言を請わんと、公威は学生服を着用して緊(きん)褌(こん)一番、鎌倉文庫の扉を叩いた。
川端からは、
「木村君の助言は、私の助言と思ってくれ給え」
と言い含められている。公威はどんな書評でも、敢(あ)えて諾唯(だくい)する覚寤(かくご)であった。


