剣と日輪

「まあ、そうですか、貴方が」
 川端秀子は東北訛の発音で感心すると、
「川端の家内でございます。どうぞ、奥へ」
 と誘導した。
「じゃ、私はこれで」
「はい、又どうぞ」
 長靴の中年は、玄関から退去した。
「出入りの方ですか?」
「え」
 川端夫人は、
「あら嫌だ。魚屋だと思ったの?ほほほ」
 と軽笑した。
「作家の川崎長太郎さんよ」
「あの人が」
 公威は無論、その筆名を聞き及んでいる。小田原の色街抹香町を舞台にした小説で地位を確立している、小田原在住の作家である。
「魚屋と間違われたと知ったら、川崎さん、どんな顔するかしら」
「これは、とんだ勘違いでした」
 公威は頭をかいた。
 雑然とした応接室は、執筆依頼や、旧作の復刊の陳情に来た出版社の連中でごった返していた。俳人で小説家の石塚友二等の顔も見える。川端は細君から公威の名刺を受け取ると、公威に苦笑いし、手招きをした。
 公威が近付くと、
「済まんね。折角来て貰ったのに、御覧のような有様や」
 川端は頭をたれた。