剣と日輪

「お兄ちゃまには幻滅したわ」
 美津子は襖を開けたまま、ぷいっと居なくなった。
(何とでも言え)
 恋の当然の成行を妹に指摘され、自制心を失った心模様に、公威は愕然となった。
(俺は矢張り、邦子を愛しているんじゃない。さっきのうろたえは照れなんかじゃなく、困惑からだった。俺は何をしているのか)
 公威は、
(邦子に会って、確かめねばならぬ)
 と決断した。
(会って、答を出すんだ。それしかこの理不尽な恋の結了はない)
 結着に、公威は自らを追い込もうとした。邦子がいとおしかったからである。

 六月十二日、公威は汽車に揺られていた。海軍工廠(こうしょう)には嘘っぱちの申請をして、休暇を手に入れたのである。演技は公威の特技であった。
 軽井沢駅に降り立った公威が駅前をうろついていると、背中に電撃を受けた。
「わっ」
 邦子が伯母の乗用車で出迎えてくれたのである。
「驚いた?」
「はは。驚いた」
 公威と邦子は万人の瞳に、恋人同士と映輝(えいき)していた。邦子の笑声に押し出されて乗った車中も、熱々の熱気で潤っていたのである。
 軽井沢に在る邦子の伯母の館は、霧雨に煙る森を抜けた見晴し抜群の地所に建っていた。邦子はここで外務省の分室に勤めていた。工場への徴用を回避する方便である。信州の村里のホテルには、中央官庁の分室が多々進出している。信州に皇居を移座して、本土決戦を貫徹する計略が、政府と軍部によって練られていた。