剣と日輪

 三谷夫人が、今度は吹出した。
「丸で夫婦喧嘩ね」
「えっ」
 公威は何と応えてよいやら判断できず、邦 子の反応を覗った。
「ふふ。平岡さん、困ってるわよ」
 邦子が、笑貌(しょうぼう)になっている。公威は、
(邦子さんもまんざらではないらしい)
 と安慰(あんい)したのだった。三谷夫人は親心で、若人の心緒(しんしょ)を見守っていた。
 
 清明なる朝(あさ)霜(しも)が、漸(ようよ)う溶け出している。公威はとある駅頭に佇(たたず)み、その美少女を待望していた。構内は閑散としており、公威は心地よい孤独にのめり込んでいた。やがて、約束の時刻より早目に、三姉妹が駅の階段を下ってくる姿(し)容(よう)を、公威の眼孔(がんこう)が捉えた。
 末の妹のヨチヨチ歩きに合わせて、邦子が一歩一歩階序(かいじょ)を踏締めている。真中の妹は苛(いら)つきながらも、二人を護衛するかの如くジグザグ徐行である。
(ああ。混んでなくて良かった)
 公威は姉妹愛の行歩を追いつつ、ほっとしている。
 後ニ三段で難行も区切りがつこうとした刹那、邦子は公威の眼采に感応し、嬉しさを押し殺して、真白な歯を露にした。青いオーバーが、邦子を別人に変えている。邦子は女学校生徒である次女に三女を預けると、そよそよと公威に近寄り、
「おはよう御座います」
 と頭礼をした。邦子は公威と背丈がほぼ一緒である。公威は邦子の黒目勝ちな容貌に気後れがしたのか、無言で突っ立っている。
 邦子は今一度挨拶を繰り返した。