の誌面に載せる旨を公威に言明した。両編は八月販売の、
「文芸」
五・六月合併号に発表され、公威は原稿料という味な金銭を懐に納めるのである。
昭和二十年の冬季は長く、例年よりも寒風が吹き荒んだ。三月初旬の初(しょ)更(こう)、公威は風雅な三谷家の居間の炬燵(こたつ)で、暖をとっていた。母娘四人に囲まれ、公威は上機嫌だった。先日三谷夫人より電話があり、
「三月十日に信との面会が許されたので、祖母と私、それに三人の娘の五人で群馬まで面会に行きます。貴方もご一緒しませんか」
との誘いを受けており、応諾した公威は行程の打合せをすべく、午後七時に三谷邸の門を叩いたのだった。
六人は三月九日の朝、三谷家最寄の駅の歩廊で落合う約定を交わした。邦子は赤地のジャケットを装着(そうちゃく)し、食後の緑茶を味わっている。遮光電(しゃこうでん)燈(とう)が紅(べに)色をぼやかし、邦子を一段と艶(つや)めかしていた。
話談(わだん)が一段落すると、夫人がトイレに立った。公威と邦子は目が合い、公威は軽いジョークを飛ばした。邦子と同名の高名なピアノの名手が居る。公威は、
「僕は邦子さんのピアノを聴き慣れているから、邦子夫人の名演奏を態態(わざわざ)聴きにいかなくても良い」
と宣(の)巻(たま)い、呵呵大笑(かかたいしょう)した。公威は軽(けい)妙(みょう)な冗(じょう)舌(ぜつ)の積りだったが、邦子は両頬を紅潮(こうちょう)させ俯い(うつむ)てしまっている。
(しまった)
公威は二人の姉妹に向かい、困惑してみせた。二人はつれなく席を外して行く。そこへ三谷夫人が戻って来た。
「おや、邦子さん。どうしたの?」
夫人は、邦子の異変に感付いてしまった。邦子は黙りこくっている。
「はは。一寸僕がつまらんことを言ったんで」
公威は坊主刈の天辺(てっぺん)を撫で、
「邦子さん、失言でした。謝ります」
と陳謝(ちんしゃ)した。
それでも邦子は、黙座(もくざ)している。が、澄ました様態(ようたい)になった。
「まっ」
「文芸」
五・六月合併号に発表され、公威は原稿料という味な金銭を懐に納めるのである。
昭和二十年の冬季は長く、例年よりも寒風が吹き荒んだ。三月初旬の初(しょ)更(こう)、公威は風雅な三谷家の居間の炬燵(こたつ)で、暖をとっていた。母娘四人に囲まれ、公威は上機嫌だった。先日三谷夫人より電話があり、
「三月十日に信との面会が許されたので、祖母と私、それに三人の娘の五人で群馬まで面会に行きます。貴方もご一緒しませんか」
との誘いを受けており、応諾した公威は行程の打合せをすべく、午後七時に三谷邸の門を叩いたのだった。
六人は三月九日の朝、三谷家最寄の駅の歩廊で落合う約定を交わした。邦子は赤地のジャケットを装着(そうちゃく)し、食後の緑茶を味わっている。遮光電(しゃこうでん)燈(とう)が紅(べに)色をぼやかし、邦子を一段と艶(つや)めかしていた。
話談(わだん)が一段落すると、夫人がトイレに立った。公威と邦子は目が合い、公威は軽いジョークを飛ばした。邦子と同名の高名なピアノの名手が居る。公威は、
「僕は邦子さんのピアノを聴き慣れているから、邦子夫人の名演奏を態態(わざわざ)聴きにいかなくても良い」
と宣(の)巻(たま)い、呵呵大笑(かかたいしょう)した。公威は軽(けい)妙(みょう)な冗(じょう)舌(ぜつ)の積りだったが、邦子は両頬を紅潮(こうちょう)させ俯い(うつむ)てしまっている。
(しまった)
公威は二人の姉妹に向かい、困惑してみせた。二人はつれなく席を外して行く。そこへ三谷夫人が戻って来た。
「おや、邦子さん。どうしたの?」
夫人は、邦子の異変に感付いてしまった。邦子は黙りこくっている。
「はは。一寸僕がつまらんことを言ったんで」
公威は坊主刈の天辺(てっぺん)を撫で、
「邦子さん、失言でした。謝ります」
と陳謝(ちんしゃ)した。
それでも邦子は、黙座(もくざ)している。が、澄ました様態(ようたい)になった。
「まっ」


