われわれは四年待った。最後の一年は熱烈に待った。もう待てぬ。自ら冒とくする者を待つわけには行かぬ。しかしあと三十分、最後の三十分待とう。共に起って義のために死ぬのだ。日本を日本の真姿に戻して、そこで死ぬのだ。生命尊重のみで、魂は死んでもよいのか。生命以上の価値なくして何の軍隊だ。今こそわれわれは生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる。それは自由でも民主々義でもない。日本だ。われわれの愛する歴史と伝統の国、日本だ。これを骨抜きにしてしまった憲法に体をぶつけて死ぬ奴はいないのか。もしいれば、今からでも共に起ち、共に死のう。われわれは至純の魂を持つ諸君が、一個の男子、真の武士として蘇えることを熱望するあまり、この挙に出たのである」
(倅・三島由紀夫より)
公威は隊員達に、檄文の批評を請うた。必勝は、
「完璧ですね」
と称述(しょうじゅつ)した。
「流石に文豪ですね。けちなどつけられません」
小川も古賀も小賀も称嗟(しょうさ)したが、実は文中で年月日を誤述している箇所が一箇所ある。
「昭和四十四年十月二十一日」
と記入している部分が二箇所あるが、二番目の、
「銘記せよ!実はこの」
の後に続く年代を、
「昭和四十四年」
と書かねばならないのに、
「昭和四十五年」
と書き込んでしまっていたのだ。この誤りに、五人の内誰一人気付かなかった。既に気魂、蒸留の極みに達していたのだろう。
「こんなもん汗水たらして書いたって、一円にもならんな」
公威は嘲嗤(ちょうし)したのだった。
(倅・三島由紀夫より)
公威は隊員達に、檄文の批評を請うた。必勝は、
「完璧ですね」
と称述(しょうじゅつ)した。
「流石に文豪ですね。けちなどつけられません」
小川も古賀も小賀も称嗟(しょうさ)したが、実は文中で年月日を誤述している箇所が一箇所ある。
「昭和四十四年十月二十一日」
と記入している部分が二箇所あるが、二番目の、
「銘記せよ!実はこの」
の後に続く年代を、
「昭和四十四年」
と書かねばならないのに、
「昭和四十五年」
と書き込んでしまっていたのだ。この誤りに、五人の内誰一人気付かなかった。既に気魂、蒸留の極みに達していたのだろう。
「こんなもん汗水たらして書いたって、一円にもならんな」
公威は嘲嗤(ちょうし)したのだった。


