「美」
 という神威(しんい)に魅了されてしまう、得体の知れぬ本能が巣食っているのであろう。
 公威はろくに仕事もせず、煙草(たばこ)をふかしながら、
「中世」
 の続編をせっせと書き下ろしていた。公威が生命への名残を滾(たぎ)らせながら描いた、
「中世」
 は、
「文芸世紀」
 という冊子に載せられるのである。
 公威が帰都した翌二月五日の晩方、
「赤紙」
 が平岡家に通達された。公威は夜半、
「遺言状」
 を大書し、この世への訣別(けつべつ)をしたのである。

遺言   平岡 公威
一、
御父上様
御母上様
恩師清水先生ハジメ
学習院並ニ東京帝国大学
在学中薫陶(くんとう)ヲ受ケタル
諸先生方ノ
御鴻(こう)恩ヲ謝シ奉(たてまつ)ル
一、
学習院同級及諸先輩ノ
友情マタ忘ジ難キモノ有リ