「そうなんだ」
「ふうん」
美津子と千之は博識な長兄に心服している。一片の疑念も持たない。
「お兄ちゃま。誰に聞いたの?」
美津子は含み笑いしている。
「三谷さ。あの家はフランス帰りだからな」
「そう。ふふ」
公威には美津子が何を連想しているのかが、推理できる。
「何が可笑しいんだ。このおしゃま」
公威は照れ笑いしている。
「あっそうか」
千之が素っ頓狂に納得したタイミングのずれが、家の者達を福相に変えた。五人家族で過ごした、終畢の元日だった。
数日後、公威は群馬県太田町の中島飛行機製作所小泉工場の事務室に居た。大日本帝国破局の序曲は、日毎に重音量を増しつつある。合衆国空軍の標的となっている大都市とは異なり、上州は飽く迄も牧歌的だった。公威等百五十人は、二階建のバラック小屋の銃架(じゅうか)で間切りされた室に、四、五人単位で居住させられた。勤労動員であった。
夜間南の暗闇に赤光(しゃっこう)を映し出す絨毯(じゅうたん)爆撃の火花の模様は、殺戮(さつりく)現場上空とは思えぬ美観で、公威達は東京の親族の身を心配しながらも、その美感に陶酔(とうすい)してしまう。
(あの真赤な闇空の下には、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されている)
と自戒(じかい)しても、残虐(ざんぎゃく)の華(はな)の魔力に魅入ってしまうのだ。かといって勤労学徒に誠愨(せいかく)が皆(かい)無(む)なのではない。人間の深層(しんそう)には道徳を超越(ちょうえつ)した、
「ふうん」
美津子と千之は博識な長兄に心服している。一片の疑念も持たない。
「お兄ちゃま。誰に聞いたの?」
美津子は含み笑いしている。
「三谷さ。あの家はフランス帰りだからな」
「そう。ふふ」
公威には美津子が何を連想しているのかが、推理できる。
「何が可笑しいんだ。このおしゃま」
公威は照れ笑いしている。
「あっそうか」
千之が素っ頓狂に納得したタイミングのずれが、家の者達を福相に変えた。五人家族で過ごした、終畢の元日だった。
数日後、公威は群馬県太田町の中島飛行機製作所小泉工場の事務室に居た。大日本帝国破局の序曲は、日毎に重音量を増しつつある。合衆国空軍の標的となっている大都市とは異なり、上州は飽く迄も牧歌的だった。公威等百五十人は、二階建のバラック小屋の銃架(じゅうか)で間切りされた室に、四、五人単位で居住させられた。勤労動員であった。
夜間南の暗闇に赤光(しゃっこう)を映し出す絨毯(じゅうたん)爆撃の火花の模様は、殺戮(さつりく)現場上空とは思えぬ美観で、公威達は東京の親族の身を心配しながらも、その美感に陶酔(とうすい)してしまう。
(あの真赤な闇空の下には、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されている)
と自戒(じかい)しても、残虐(ざんぎゃく)の華(はな)の魔力に魅入ってしまうのだ。かといって勤労学徒に誠愨(せいかく)が皆(かい)無(む)なのではない。人間の深層(しんそう)には道徳を超越(ちょうえつ)した、


