剣と日輪

 伊勢海老一人前をあっという間に平らげた英国紳士と、和食を嗜好(しこう)するヤンキー学者に、公威は大盤振る舞いをした。
「高度経済成長」
 に浮かれ、
「平和憲法」
 を妄信し、
「共産主義・無政府主義」
 に傾く日本の文化人に飽き飽きしている公威にとって、今や米国をトップに戴く自由主義諸国の文化人のみが、価値観を共有できる仲間なのかもしれなかった。彼等は、
「自衛隊は違憲」
 等と唱えない。
 ヴィヴィアン・リー主演の名画、
「欲望という名の電車」
 の原作者で作家のテネシー・ウイリアムスが来日した折の物真似をして、公威は二人を激笑させた。演技は公威の性格の一部であり、マルチな才人たる骨格を形成していた。公威は物真似タレントの資質にも、恵まれていた。
 公威とキーンは、ストークスを宿舎のこざっぱりした民宿迄タクシーで送り届けた後、下田東急ホテルの平岡家の宿泊部屋に戻った。威一郎も紀子もすやすやと寝息をたてており、瑤子も寝室に下がった。
 公威とキーンはビールを引っ掛けながら、雑談していた。やがて酔った赤ら顔の公威は、
「もう豊饒の海のラストは、書き上げてしまった」
 と原稿用紙の束を机上に、ばさっと投げた。
「このことは新潮社の人には言わんで下さい。まだラストの前の部分を仕上げてないので」
「OK。見てもいいですか?」
「どうぞ」