「珍しいか森田」
 公威は歯を剥きだした。
「バルコニーで恋を語るのが夢でした」
「じゃあ、後で立たせてやる」
「やったね」
 玄関先では公威の妻瑤子と、九歳になる長女紀子、六歳の長男威一郎が出迎えてくれた。威一郎が、母、姉の後に、
「いらっしゃいませ」
 とお辞儀すると、大いに受けた。必勝は子供好きである。威一郎と紀子の頭を撫で、
「遊びに来たよ」
 と丸で親戚の叔父さんみたいに振舞う。
「どうぞ。何もございませんが、寛いで行って下さい」
 瑤子は夫の、
「兵隊ごっこ」
 と毛嫌いされる種になっている仲間達に違和感はない。
「作家」
 とばかり認別していた公威が次第に変貌して来て、今や書生達の大将になって、
「憂国活動」
 に驀進している。
(こんなに若い人を集めて何をしようというのか)
 瑤子には解せない。ただ見守り、子育てに専念するより、妻の道は無い、と思い定めている。
(どのような事態になろうとも、夫を信じ付いて行く)
 瑤子はそのように教えられて育ち、そのように生きていくしかないだろう。瑤子は中華料理に腕を揮(ふる)い、やがてホールの幾つかの円卓上には頬っぺたのおちそうな中華料理とビールがずらりと飾られた。