ズボンを脱ぎ捨て、海水パンツで海に入っていく者がいる。遠藤秀明だった。彼は貝殻島まで遠泳せんとしている。普段は水没し、灯台のみを覘かせている自国の小島まで遠藤は泳ごうとした。遊泳できぬ距離ではない。貝殻島までは三・七キロしかない。
「おっ。遠藤やるなあ」
 必勝が感歎している。
 遠藤は数メートル平泳ぎしただけで、海岸にUターンしてきた。唇が紫色に膨れている。
「寒すぎる」
 遠藤は声を震わせた。
「駄目か」
 必勝も貝殻島まで力泳する気だった。だが北海道の自然は、それを許さない。現地に来てこそ分かる事態である。
「よし。では船で島まで行こう」
 必勝は遠藤と二人で岬の尖端に建立されているバンガローに泊り込み、闇夜を待侍することにした。二人以外は、この度の、
「義挙」
 を地元民に悟られぬ様、宿舎である千島会館に戻した。
 尖(とんが)り帽子のバンガローの予約は、土産物屋で済ませた。二十数名の同志達は、
「吉田松陰と金子重輔の黒船密航に、優るとも劣らぬ快挙。しっかり頼む」
 と両人にエールを送り、バスに乗り込んだ。
 水晶島にはソ連兵が常駐し、納沙布岬沖合いを、常時監視している。必勝と遠藤はその警戒網を掻(か)い潜らねば、貝殻島には辿り着けない。十中八九二人の乗った船は、海上で撃沈されるか拿捕(だほ)されるだろう。必勝は死を覚悟していた。
(自分は死んでもかまわない。それで日本国民の覚醒を促し、北方領土問題の解決の糸口になれば、本望だ)
 必勝と遠藤の志は全く同じであった。
 千島会館に寄宿している宮崎以下の早大生は、必勝が別れ際、
「後の事、宜しくお願いします」