日本軍はガダルカナル、アッツ、ギルバート諸島等を次々に失った。東条内閣は総力戦に備え、戦力拡充を計り、昭和十八年十月二日、
「在学徴集延期臨時特例」
　を公布した。それまで満二十歳以上の士夫(しふ)でも、高等教育機関の在学生には徴兵延期が認容されていたが、この特例公布により、文科系学生の徴兵が実行されてしまった。
　十月二十一日には神宮(じんぐう)外苑(がいえん)競技場に東京近辺の、
「学徒兵」
　数万が呼集され、東条首相臨席の下秋雨の降頻(ふりしき)る中、
「学徒出陣壮行会」
　が挙行された。東条の掛声、
「天皇陛下万歳」
　の三唱がずぶ濡れの学徒兵を押し包み、学徒兵達は東条に追唱(ついしょう)して、
「万歳」
　を唱和した。
　学徒兵の適齢は大正十三年四月から十二月迄となっていたので、公威はぎりぎり範疇外であった。しかしながら大方の同級生は十二月一日より精兵(せいへい)となる。公威は感慨無量の死生観を抱きつつ、
「学徒出陣」
　と通称される最初の学徒兵入隊の動静に耳(じ)目(もく)を欹(そばだ)てていた。
（愈愈御爺様が言っていた敗亡の秋が、現実になってきたのだ）
　公威は報国(ほうこく)の士たらんと悟覚(ごかく)し、
（せめて生の証として一冊の本を刊行してから、戦死したい）
　と志尚(ししょう)するようになっていった。