「性急?熟慮の末ですよ。文壇へ誘う死神が、そんな凡愚な台詞を吐いちゃ、話にならない」
そう絡まれても、坂本には責任の負える事体ではない。
「大蔵省をそんな簡単に辞められますか。この御時世に」
「辞めてやるさ」
公威は競(きお)い立った。そして、
「まあ、見ていてくれ給え」
と嘯(うそぶ)きつつ、ハンバーグを体つきに不釣合いな程豪気に掻(か)っ込んだのである。
八月晦日(みそか)の雨滴(うてき)を、公威は渋谷駅のプラットホームで踏破(とうは)していた。ゴム長靴は歩き難い。公威は徹夜(てつや)明けの腫(は)れぼったい眼(がん)瞼(けん)を擦(こす)りながら、通勤電車を待っている。汽笛(きてき)が鳴った。公威は乗車しようと右足を踏み出した。電車の車輌(しゃりょう)は其処には無く、公威はそのまま線路内に転落してしまった。
「大変だあ。誰かが落ちたぞ」
という奇声が木霊(こだま)する。
公威は吾に返ると、ホームに這い上がった。無傷であったが、着衣は泥塗(まみ)れである。
「大した事ありません。有り難う御座いました」
手を差し伸べてくれた駅員に詫びると、公威は自宅に退き帰した。
「どうしたんだ」
玄関に立ち竦(すく)んでいる梓の情状(じょうじょう)に、公威は茫惚(ぼうこつ)となり、落涙(らくるい)している。
「駅で、線路に落ちました」
「え」
梓は、
(万事休す)
と悟徹(ごてつ)した。取敢えず急いで着替えさせ、公威を送り出すと、書斎に篭(こも)った。索莫(さくばく)と腕組みをしていたが、昼(ちゅう)日(じつ)に俄然(がぜん)瞠目(どうもく)した。
そう絡まれても、坂本には責任の負える事体ではない。
「大蔵省をそんな簡単に辞められますか。この御時世に」
「辞めてやるさ」
公威は競(きお)い立った。そして、
「まあ、見ていてくれ給え」
と嘯(うそぶ)きつつ、ハンバーグを体つきに不釣合いな程豪気に掻(か)っ込んだのである。
八月晦日(みそか)の雨滴(うてき)を、公威は渋谷駅のプラットホームで踏破(とうは)していた。ゴム長靴は歩き難い。公威は徹夜(てつや)明けの腫(は)れぼったい眼(がん)瞼(けん)を擦(こす)りながら、通勤電車を待っている。汽笛(きてき)が鳴った。公威は乗車しようと右足を踏み出した。電車の車輌(しゃりょう)は其処には無く、公威はそのまま線路内に転落してしまった。
「大変だあ。誰かが落ちたぞ」
という奇声が木霊(こだま)する。
公威は吾に返ると、ホームに這い上がった。無傷であったが、着衣は泥塗(まみ)れである。
「大した事ありません。有り難う御座いました」
手を差し伸べてくれた駅員に詫びると、公威は自宅に退き帰した。
「どうしたんだ」
玄関に立ち竦(すく)んでいる梓の情状(じょうじょう)に、公威は茫惚(ぼうこつ)となり、落涙(らくるい)している。
「駅で、線路に落ちました」
「え」
梓は、
(万事休す)
と悟徹(ごてつ)した。取敢えず急いで着替えさせ、公威を送り出すと、書斎に篭(こも)った。索莫(さくばく)と腕組みをしていたが、昼(ちゅう)日(じつ)に俄然(がぜん)瞠目(どうもく)した。


