詭弁(きべん)を弄(ろう)している、と悟了(ごりょう)しながらも、公威の講釈(こうしゃく)はなだらかだった。
「そう」
邦子は、公威に正答を求索(きゅうさく)するのを、放棄した。幻滅(げんめつ)したのだろうか。
「私は夫に愛されているし、私も主人をいとおしく思っています」
邦子は刮目(かつもく)している。
「でもね。時々ふと思うことがあるの。あの時、若し貴方と結ばれていたなら、と」
邦子は目を伏せた。
「私、いけない事を言おうとしているかもしれない」
「それは君が、僕を憎んでいるから」
「憎む?何故?私は今幸福なのに?」
「どこかで、二人っきりでもう一回会えない?」
(会ってどうするのだ)
そう自問している公威の分身がいる。
「私人妻よ。姑も目を光らせているし、無理だわ」
「三十分位話するだけでいい」
「結婚すると、自儘な時などなくなるのよ」
「丸で年長者の様だね」
「自由な学生じゃないもの、私」
「お待たせ」
三谷に、男女の面話(めんわ)は遮絶(しゃぜつ)された。遮止(しゃし)された泡沫(うたかた)のラヴストーリーは、ここに封印(ふういん)され、友人関係という月並みな糸で、繋(つな)ぎかえられたのであった。
七月二十六日、公威は高等文官試験行政科を受験した。合否が判明するまでの期間、公威は数社を受けたが何れも不合格となる。梓が知己(ちき)の大人達に、
「倅は役人以外に興味がなく、民間企業の入社試験を真面目にやらないので」
と頼まれもしない偽作(ぎさく)をして公威の入社試験失敗の弁明をしているのには、参ってしまった。
「そう」
邦子は、公威に正答を求索(きゅうさく)するのを、放棄した。幻滅(げんめつ)したのだろうか。
「私は夫に愛されているし、私も主人をいとおしく思っています」
邦子は刮目(かつもく)している。
「でもね。時々ふと思うことがあるの。あの時、若し貴方と結ばれていたなら、と」
邦子は目を伏せた。
「私、いけない事を言おうとしているかもしれない」
「それは君が、僕を憎んでいるから」
「憎む?何故?私は今幸福なのに?」
「どこかで、二人っきりでもう一回会えない?」
(会ってどうするのだ)
そう自問している公威の分身がいる。
「私人妻よ。姑も目を光らせているし、無理だわ」
「三十分位話するだけでいい」
「結婚すると、自儘な時などなくなるのよ」
「丸で年長者の様だね」
「自由な学生じゃないもの、私」
「お待たせ」
三谷に、男女の面話(めんわ)は遮絶(しゃぜつ)された。遮止(しゃし)された泡沫(うたかた)のラヴストーリーは、ここに封印(ふういん)され、友人関係という月並みな糸で、繋(つな)ぎかえられたのであった。
七月二十六日、公威は高等文官試験行政科を受験した。合否が判明するまでの期間、公威は数社を受けたが何れも不合格となる。梓が知己(ちき)の大人達に、
「倅は役人以外に興味がなく、民間企業の入社試験を真面目にやらないので」
と頼まれもしない偽作(ぎさく)をして公威の入社試験失敗の弁明をしているのには、参ってしまった。


