楊貴妃はその後二十日ばかり小助の家で養生し、この間小助は旅支度に駆けずり回っていた。漸く平城京迄の旅装を整えた彼は、最後に剣を入手し、残暑がおさまり、朝晩が涼やかになってきた九月一日に、楊貴妃を伴って向津具を出発したのだった。
 天平宝字元年九月十五日、小助と楊貴妃は人口二十万の大都会平城京に入京、東大寺近辺の民家に仮泊した。東大寺に兄の道山がいるからである。小助は旅宿に荷物を降ろすと、早速東大寺にいる道山を訪ねた。
 道山は大人しい小助とは違い、よく喋る男で、俗っぽい。背格好は小助と似ているが、性格は好対照といったところである。道山は夕餉前の修行の只中であったが、二十分程して南大門にでてきてくれた。
「小助か!ようきたのう」
 相変わらず道山はオーバーアクションで、高笑いをすると、ぽん、ぽんと小助の肩を気安く叩き、
「お袋と親父は元気か?一体何の用で来たんや。都見物か?」
 と上機嫌で問うた。
「うん。まあ、茶でも飲みながらはなそうや」
「そうか。よし、奢ってやろう」
 兄弟は肩を並べて橋を渡ると、茶屋に入り、お茶と団子を注文した。
 団子を頬張りつつ、小助が楊貴妃の話をし、参議藤原仲麻呂に会う伝はないものか。又遣唐大使藤原清河の屋敷は何処か教えて欲しい、と真顔で願い出ると、案の定道山は
「御前騙されとるんじゃないか」
 と疑念の声を上げた。併し小助が藤原清河の誠意溢れる親書を見せると、
「うむ。その女性は、真三国一美しいか」
 と心を動かされた様なことを言った。
「ああ。丸で天女か女神か、といったところだ」
「そうか。まあ、儂のような下っ端には参議なんかに縁故はないが、先輩になかなか顔の広い人がおるから、その人に相談してみてやる。先ずはその人に会わせてくれんか」
「じゃあ、今からええ?」
「ええぞ」
 兄弟は早々に団子を食い終えると、楊貴妃の待つ旅宿へと歩を進めたのである。