……………

「お母さん」

声をかけると、お母さんは顔を上げた。
少しだけ白髪の混じった髪。それでも表情は、あの頃とあまり変わりはなくて。

「…お帰り」

微笑んでくれて、安心した。
手に持ったバッグの意味が、わからないはずないから。

大きな荷物をソファーに置き、テーブルの側に寄る。

「疲れたでしょう。コーヒー飲む?」
「あ、いいよ。あたしやる」

立ち上がりかけたお母さんを制して、あたしはキッチンに向かった。

「ブラック?」と尋ねるあたしに、「ええ」と答えながら再び腰かける。

「葉月はどうしたの?」
「庭先で裕奈ちゃん達と遊んでるよ」
「梨華さんと会った?」
「うん、玄関でね」

カチャンと懐かしい陶器の音。ポットのお湯が、ジュワッと悲鳴をあげる。

「奈々さんは?」
「夕飯の買い物。お義姉さんが帰るなら、ご馳走にしなくちゃって張り切ってたわよ」
「さすが奈々さん。気が利くなぁ」

キッチンに美味しそうなコーヒーの香りが満ちた。
温かいそれをテーブルに運ぶ。香りが、リビングまで届く。

コーヒーと同時に、あたしもテーブルについた。

温かな白い湯気が、オレンジの中に浮かぶ。