ホタル




「…朱音?」



夜の空気が固まった。

音のなくなった世界に、あたしの手から滑り落ちたビニール袋の音が響く。

身体中の全神経がスローテンポになり、一回だけ、大きく響く心臓の音が聞こえた。


ブリキの人形の様に、ぎこちなく振り向く。

コンビニの横に腰かけた影が、固まった様にあたしを見つめていた。

キャップの下の目と、視線が交わる。

貼り付いたあたしの喉から、掠れた声が小さく届いた。



「…裕、太?」



何もかもが止まったあたし達の世界。

その中で、裕太の手から落ちた煙草だけが、チリッと音をたてた。


どれだけの時間そうしてたかは、よくわからない。
数秒だったかもしれないし、もしかしたら数分だったかもしれない。

ただあたし達は、瞬きを忘れたままお互いを見つめていた。