ホタル



「幸せな話を、しようか」

あたしの上で、裕太が言った。後ろから抱き締められている状態なので、その表情がわからない。

「…幸せな話?」
「そう。思い付く限りの幸せ」

裕太の声はいつもと同じ様に落ち着いていて、あたしは体の芯が溶けていく様にゆっくりと力を抜いた。

「例えば?」
「うーん…背が伸びますように」
「願い事じゃん。それ以上伸びてどうするの?」
「俺じゃないよ、中川のだよ」
「それ失礼だよ」

ふっと笑うと、裕太も圧し殺した様に笑った。

「英里がもう少し女らしくなる」
「英里子さん、綺麗じゃん」
「がさつなの。今日だってスカートで股開ききって煙草吸ってるんだよ?」
「ははっ、すげぇ」

お互いとは違うところの幸せを、あたし達は言い合った。
自分達の幸せは、言葉にすることで遠くなってしまう気がしたから。

静かな夜の中で、お互いの声が吸い込まれる様に響いていた。大きな声は出せない。誰にもばれない様に気を使っている様な声。それは心地いい程に夜の入り口に流れていた。