ホタル




……………

「先に戻ってて」、そう言ってあたしはしばらく夜の海に留まり、何度も深い深呼吸を繰り返してから部屋に戻った。
体の隅々まで、漆黒の空気が染み渡っている様な気がした。

部屋に戻ると、窓際に裕太は座ってた。潮の香りを打ち消す様に、煙草の匂いがまとわりつく。


何よりもあたしは、この香りが好き。


音であたしが部屋に戻ったことには気付いてるだろうけど、裕太は何も言わずに外を見ていた。
その横顔は、一年前よりもやっぱり大人びていて。

ずっと同じ家で暮らしていたのに、ずっと離れていた気分になる。

本当に離れてしまうのは、これからなのに。

あたしは奥歯を固く噛み締めて、裕太の側に寄った。

あたしの足が畳を擦る音だけが響く。裕太はそっと、煙草を消した。

何も言わない。
何も言わずにただ、裕太はあたしを引き寄せた。

窓際に腰かける裕太の間に、あたしはすっぽり収まる。
後ろから軽く抱きしめられる様に腕を回されると、あたしはそれだけで泣き出したい衝動にかられる。


ここがなくなる。

ここにはもう、いられない。