「…あなたを、傷付けたくなかった」
張り付いた様な声。胸の奥が苦しい。
「平岡君のためなんかじゃない。そんな綺麗事言わない。あたしのためなの。あたしは…もうこれ以上、誰も傷付けたくなかった。平岡君も、…裕太も。誰もあたしの汚い感情に、巻き込みたくなかったの」
裕太が欲しい。その想いとあたしの弱さが、裕太を巻き込んで平岡君を傷付けた。
あの時平岡君の手を握らなければ、優しいままの彼でいられたのに。
あたしなんかに関わらなければ、彼は幸せでいれたはずなのに。
「…もういいよ」
消えてしまいそうな声で、平岡君が言った。
あたしは顔をあげれない。
「いいよ、もう…わかったから。…もう、行って」
ぽつりぽつりと、落とすように呟く。多分彼も、俯いたままだ。
「行って」
…あたしは机の上のカバンを取る。
ゆっくりと、地に足がついていない様な感覚のまま廊下に向かった。平岡君の顔を見る勇気は、なかった。



