ホタル



「平岡君?」
「…んでだよ」
「え?」
「なんで抵抗しねぇんだよっ!」

突然声を上げた平岡君に、あたしは驚いて目を見開いた。
声が出ない。

「なんで朱音は抵抗しないんだよ!平気なわけないだろ?好きでもない男に抱かれて、平気なはずないだろ!?」

平岡君の声が教室にこだまする。ハウリングが起こった様に、あたしの頭の中にその声が響いた。
声を失ったあたしを見て、平岡君は苦しそうな表情で呟く。


「何でだよ…俺、何やってんだよ…っ」


片手で頭を抱える。そんな平岡君を見て、ぐっと喉の奥が詰まった様な苦しさに襲われた。
昨日、裕太に対して思った言葉が脳裏を駆け巡る。

…あたしは、平岡君にこんな顔をさせたかったんじゃない。


「…何で?」
「え?」
「俺の…言いなりになる必要は、なかっただろ。俺が言ったことには、証拠も何もなかった。『そんなの嘘だ』って突っ返すこともできたはずなのに。なのに何で…」

あたしは目を伏せる。


…わかってた。平岡君はあたしと裕太の関係に気付いたけど、それを裏付ける証拠を持ってはいない。惚けようと思えば、いくらでもできた。でも。