「ゆ…っ」
彼の名前を呼ぶ暇もなかった。裕太は後ろ手でドアを閉め、そのままの勢いで唇を塞ぐ。
それは今までのものとも平岡君のものとも違う、苦しい程に痛いキス。
涙が、心に滲んだ。
何度も何度も角度を変えて貪り、身体中の酸素が無くなったんじゃないかと思った時にようやくそれは離れた。
肩で息をする。それは裕太も同じだった。
「…なん…」
「相手、誰?」
いつもの声より低い。そのトーンにあたしはぞっとする。
何て答えたらいいのかがわからなかった。確かに行為の『相手』は平岡君だけど、でも裕太の意味する『相手』がわからない。
あたしは平岡君に、体をあげた。でも心は、いつもここにある。
心の『相手』はいつも裕太なのに。なのにそれを伝えることが、こんなにも難しい。
赤い跡が、嘲笑う様に邪魔をして。
「…ごめん、朱音」
謝ったのは裕太の方だった。裕太の目を見る間もなく、あたしはベッドに吸い込まれる。



