ホタル




……………

足が重い。
こんなに家に帰りたくない日は久しぶりだ。


『ちゃんと応えろよ、』

教室の隅、あたしの腕を掴んだ平岡君は、再び無理矢理唇を塞いだ。

平岡君の舌があたしの中に入る度、あたしは苦しくて泣きたくなる。

『…わかってるよね?俺がばらしたらどうなるか』

荒い息を整えることもせずに枚岡君は吐き出す。
肩で息をしながら、あたしは彼の目を見た。

『傷付くのは朱音だけじゃない。裕太君も、だよ』


…玄関のドアを開けた。庭先には梨華さんがいて、水やりをしているからかあたしには気付かない。

あたしは黙ったまま、家の中に足を踏み入れた。

「お帰り」

ドキッと心臓が揺れる。
俯いた顔を上げた。

そこには、何も知らない裕太がいた。
いつものあの、落とすような笑顔で。

「…どうしたの?」

裕太の眉間にしわが寄る。多分あたしは、よっぽど切羽詰まった表情をしている。

「…何でもない」

あたしは、音になるかならないかくらいの声で呟いて、そのまま裕太の隣をすり抜けた。
階段を駆け上がり、部屋に駆け込む。

後ろから裕太が追いかけてくる音がした。