ホタル


あたしは裕太の姉で、裕太はあたしの弟で。
そうじゃなきゃあの頃の裕太は守れなかった。それは十分解ってた。

でもどうしようもないの。
あたしは裕太に恋してしまった。

姉弟の絆を、否定したくてたまらなくなる。その衝動はもう、抑えられない。

あの頃の自分を、裏切ってでも。



「…お嬢様?」

はっと顔を上げると、入り口に梨華さんがいた。
眉間にしわを寄せたまま、あたしを見ている。

「どうかされましたか?」
「あ…ううん、何でもない」

あたしは急いで立ち上がって、元あった位置に母子手帖を入れる。

「ごめんね、何でもないの。コーヒー飲もうかな」

努めて明るく振る舞って、あたしは部屋を出た。
もうしばらく、この部屋には入りたくはなかった。

何か言いたげな梨華さんの横を通りすぎ、キッチンへ戻った。気付いたら庭で、蝉が何匹か鳴いている。


歩きながら、あたしは改めて実感していた。


越えてしまったこと。



もう、戻れないことを。