「…昔」
ふいに、裕太が口を開いた。あたしは顔をあげる。
「小さい頃、俺、こんな天気の日が好きだった」
家には誰もいなくて、あたし達の空気しかないから、だから裕太の声はどんなに小さくても届いてた。
「…こんな天気?」
「そう。台風とか、大雨とか…雷とか」
「何で?」、そう言いながら、あたしは立ち上がる。そしてそっと、ドア越しに腰をおろした。
錯覚かもしれない。それでも、裕太の体温を感じる。
「怒らない?」
「?…うん」
裕太が煙草を消した音がした。カチンと携帯灰皿の閉まる音が響く。
「…小さい頃さ、朱音、いつも俺守っててくれたじゃん。俺が眠れない夜とか、必ず抱きしめてくれてた」
「…うん」
目を閉じると思い出す。
小さな裕太。震える肩。あたしのパジャマに染みる、哀しい涙。
「でも…こんな天気の夜は、違った。朱音、雷怖がって泣いてさ。そんな朱音を、俺が抱きしめてた。朱音より小さい体で、抱きしめてた。…覚えてる?」
「…覚えてるよ」
「俺…嬉しかったんだ。朱音が俺を、頼ってくれてるって。いつもは俺が守られてばっかだけど、こんな日だけは、俺が朱音を守れる。それが…すげぇ、嬉しかった」



