「飯食う?今日冷やし中華なんだろ?」
朱音の好物だね。そう言ってあたしの頭に軽く手を乗せ、冷蔵庫へと戻って行った。
冷蔵庫の音と食器の重なる音、微かに聞こえる雨の音があたしの耳を通りすぎる。
それらよりもはるかに大きな音で、あたしの心臓は動き続けていた。
この広い家の中、いるのはあたしと裕太だけ。
人のいない家が嫌で、それに矛盾する様に両親のいる家も嫌で、公園に何時間も二人きりでいたあの頃。
でも今日は、逃げ出したかったあの家の中に二人きりなんだ。
あの頃とは違う。あたしも、裕太も。
雨は強くなる一方だった。
暴雨が、台風が、あたし達をこの家の中に閉じ込める。
決して逃げ出せない様に。
あの頃の様に、簡単には。



