ホタル



頭上から傘がなくなり、ふいに体が浮く。

引き上げられたと同時に吸い込まれたのは、裕太の暖かい腕の中だった。

全ての神経が止まる。息ができない。

パシャッと傘の落ちる音が、世界の音を引き戻した。


…抱き締められたあたしの周りに、変わらず雨が降り注ぐ。

地面に落ちた傘を叩く雨の音と、あたしを乗せていたブランコの揺れる音だけが辺りに響く。

心臓の音すら、聞こえなかった。


「…ゆ…た…?」

声にならない声で呟く。この状況が把握できない。

「…冷たいな。どれだけ濡れてたの?」

耳元で呟く裕太。瞬間、顔が赤くなるのがわかる。
感覚が、戻ってくる。

「な、に…」
「いいよ、もう。壊れちゃえばいいんだ、何もかも」

裕太のそれはまるで独り言の様に聞こえる。固まったまま、あたしは瞬きすらできない。


「朱音が欲しい。朱音しか要らない」


『朱音ちゃんがいちばんすき』


「朱音が好きだ」