ホタル


「…っ」

ガタンと音が響く。咄嗟に離れて椅子にぶつかった音が。
驚いたのはあたしだけじゃなかった。裕太も驚いていた。

赤い顔のあたし。ずれた椅子。しんとした雨の前の空気。

ぱさりと、まさみさんの置き手紙が落ちる音がした。


「…朱音さ」

ふいに裕太が口を開く。

「何で避けるの?俺のこと」

再び驚いたあたしは思い切り裕太の顔をみた。困った様な笑顔はいつものまま。

「気付いてないと思った?気付かないわけないだろ、あんな露骨に避けられて」

何も言えない。聞こえるのは裕太の声と心臓の音だけ。

「まさかさ、彼氏ができたからとかじゃないだろ?」
「か…れし…?」
「最近よく来る人、彼氏だろ?冬の人とはまた違う人」

頭がくらりとした。"冬の人"?裕太は、何のことを言ってるの?言葉の意味がわからないあたしに、裕太は軽く溜め息をついて呟いた。

「…見たんだ、俺。いつだったか忘れたけど、冬に朱音と多分彼氏。昼間からホテル前にいたからちょっとびっくりしたけど」