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あの日を境に、平岡君はよく家に来る様になった。まさみさんとも梨華さんとも顔を合わせたし、多分二人とも彼の顔を覚えている。
そんな中で、裕太とだけ会わなかったのは奇跡だった。
いや、奇跡なんかじゃない。そんなことあり得ない。
「朱音、消しゴム借りていい?」
「あ、いいよ」
テストも近くなり、今日はテスト勉強をしに来ていた。と言っても二人ともそんなに切羽詰まっているわけでもなく、比較的穏やかな勉強会だ。
「俺意外に生物ヤバいかも」
「え、数学とかじゃなくて?」
「数学は結構いけると思うな。あと古典とかも」
「え~?それって普通の人は嫌がる…」
『そう?俺は好きだけどな』
いつか裕太も言っていた。何で思い出すのは、いつも裕太の言葉なのだろう。
「…朱音?」
「え?あっ、ううん!ごめん、なんかぼーっとしちゃって…」
咄嗟に明るく振る舞うあたしの肩にそっと手を乗せ、平岡君はいつもの様に唇を重ねてきた。
最近気付いた。
彼のキスには、タイミングがある。
…あたしは彼を、不安にさせてる。



