「こんな話を人にしたって
誰も膝を打って
くれないけどな。
まあ生きてるうちは
閃光のような今を
突き進むだけだ」

もし人生に物語のような
ダイジェストがあるとしたら
私はこう書く。

『たとえ胸の鼓動が止んでも
その胸は痛み、
息を吹き返しても
苦しいままだというのに、
慕情の君を
ただ見送れと神が告げる』

こんなシェークスピアの
足元にも及ばない言葉じゃ
誰も膝を打ったりしない
だろうけど。

「またな、なつみ」

ハジメさんは
ユエの小さな手を引いて
その場から
歩いていった。

チカチカと後ろの信号機が
点滅していて
私の心の中を
代弁してくれてる
みたいだった。

私はデスクから
引き出したままの椅子に
力なく座りこむ。

電気の消えた部屋。
外で車が時折
乾いた地面を踏んでいった。

するとデスクの上に
キラリと光る物が
置きっぱなしにしてあるのを
見つけた。

指輪だ。

……覚えている。
ハジメさんに
初めて会った時に
魔除けのおまじないに
貸してくれた
シルバーの指輪。