オバケの駐在所

……不公平だ。

俺は壁にかけてある
時計を見た。
木目調で柔らかな印象を
うける時計。

長い針が12を
過ぎたところだ。

俺は書類がファイルから
はみ出したままの
雑然とした机を、
一応それなりに
かたづけるふりをした。

「おつかれさまです」

「おつかれ、
奥さんと仲良くしろよ」

口の両端を上げて
笑顔をつくった。

気づかれてはまずい。
違和感もだしてはいけない。

医局を出て
タイムカードをおして、
いつもどおり
黒いダウンを着て
帰路についた。

別に普段と何も変わらないと、
そう見せかけなくては
ならないのだ。

俺はバッグからゆっくりと
ためらいながらも
出刃包丁をとりだした。

今度こそ殺す……。
俺は人を殺すんだ。

間違っても事件と自分を
結びつけてはならない。

冷たい空気が肌をさし、
空からはちらほら
雪が降り始めた。

包丁はすぐ抜きだせるように、
穴をあけている右のポケットに
柄を握りながらしまった。

カルティエのベルトの
バックルは
歩くたびにダウンの
チャックとぶつかり
音をたてていた。

刃先が動かないように、
ベルトに引っ掛けているので
そのぶんバックルが
盛りあがっているからだ。