「ほら、じゃあ早く言えよ。」

するとばあさんは
俺のすぐ目の前に
ゆっくりと手をかざし、
空中でありもしないものを
さぐるようなしぐさをした。

目の前に手をもってこられて
少し不愉快になったが、
鼻で息をついて
とりあえず気を落ちつかせる。

どうせそれくさい事を言って
金をふんだくろうと
しているのだろう。
だけどあいにく俺には
払う金なんて
いくらもなかった。

それに気味悪いとは
思っていたものの
人が入り混じる駅中の
こんな場所で、
こんな格好をしたばあさんが
俺の胸中を言い当てるなんて
所詮できっこない。
そう考えていた。

なんだったら八つ当たりを
してやろうかとも……。

「……怨恨かい？
仇討ちに人生を費やしても
ろくなことはないよ？
その子も報われないさ」

思わず全身の筋肉が
緩んだ気がした。
そして心臓の音だけが
また強く鳴った。

するとその瞬間、
急に左の視界が痛みとともに
真っ暗闇になった。
一瞬立ちくらみがしたような
感覚にも近かった。

左目からは涙とは違う
ドロッとした
何か生温かいものが
俺の頬に流れてきた。