「………」

 本来出すべき、「もしもし」が言えなかったが、幸いにも、空兎から一方的に喋ってくれた。

『クヲンくん? セレビアさんのケータイ持ってるのって、クヲンくんでいいんだよね? ちゃんと返さなきゃダメよ! って、そんなこと言ってる場合じゃないよね!』

 そこで、空兎が深呼吸する音が微かにクヲンの鼓膜を震わせる。

『あのね、私たちが最初に出会ったあの場所で、私たち、待ってるから!』

 それだけ告げられると、空兎からの電話はプツリと切れた。

 クヲンは、携帯電話を耳に当てたままの体勢で固まっている。

(最初に・・・・・・出会った場所・・・・・・か)

 一ヶ月ほど前のことなのに、随分昔のことのような懐かしい気持ちにふと浸るクヲン。あの時は、まだ純粋に笑えていた。


 けど、今は純粋には笑えない。


(もし、許されるならもう一度、バカみたいに楽しく笑いたいもんだよな……)

 ぐったりと携帯電話を持つ手が堕ちる。

 その携帯電話が、再び鳴った。手首だけ捻って、確認すると今度は灰山だった。

 今度は躊躇わず出る。

「もしもし?」

『お前、今どこにいる?』

「どこだっていいじゃん。それより、良い情報があるぜ……」

 口元に笑みを浮かべつつ、頬に涙を伝わらせながら、クヲンはその情報を灰山に伝えた。