「でもよ“奇跡”ってのは普通じゃありえないことを起こすから“奇跡”っていうんだぜ」

 「単なる願いじゃダメだ」と付け加えてクヲンは語り始めた。
 空兎は顔を上げ、仙太やキィもクヲンに視線を集める。
 仙太に至っては、今まで自分の世界にいたため少し話しに出遅れたが、追いつくのはすぐだった。

「例えば一度死んだ命の復活……。これは普通じゃありえねぇから可能だ。他にも不治の病を治すとか、100パーセント避けられない事故や災害。もっと大きく言えば戦争の回避も可能だ。
 つまり、1パーセントの希望すらない状況で初めて“奇跡”は起こせるってことだ」

 自信たっぷりに語るクヲンに、仙太はふとあの本に記述されていたことを思い出した。


『その宝はまだ誰も見つけていない。

 すなわち、まだこの世に奇跡は一度も起きたことがないのだ』


 あの時、仙太は嘘だと思ったが今なら不思議と信じられる。
 奇跡の生還といった類はもしかするとどこかに助かる要素があったのではないかと。

「クヲンって……すごいな」

 溜息を漏らすように声が出る。それは若干、諦めにも似た境地だった。

「ん? なんか言ったか?」

 仙太の呟きが微妙に届かなかったのか、クヲンが聞き返してきたが仙太は「なんでもないよ」と愛想笑いで誤魔化す。

(……本当にすごいよ、君は)

 “神杯”を研究して、その情報を惜しげもなく提供し、尚且つ“奇跡”でさえ手に入れば空兎に差し出すつもりなのだから。

 無邪気にして純粋。
 混じりっ気のない笑顔を振りまく、まさに天使だ。

「っで、それを踏まえてのお前の“奇跡”って奴を教えてくれよ」

 仙太がクヲンに意識を向けている間に、彼は空兎に尋ねていた。

 たっぷり溜めて数秒間。
 顔を上げて空兎は答えた。

「………教えない!」

 思い切りはにかんで出したそれに一瞬、時を止めてしまったが、クヲンの目にも、仙太の目にも魅力的に映った。

「ウキュ♪」

 “鍵”の役割を持つキィが卓袱台から空兎の右肩に飛び移り愛くるしく鳴く。それを見て空兎はさらに笑った。

(なんか……わかる気がする)

 内心で仙太は思った。