「あ! せっちん! キィに何すんのさ!」

「空兎、頼むから空気読んでくれ!」

 ドタバタと揉め合い、飛び交う声を聞きながらも、クヲンは状況が把握できずキョトン顔になる。

 程無くして廊下から沙恵美の聖母のような微笑み顔が現れた。

「ちょっと会議に使うための資料を忘れちゃって……。あら、仙ちゃんのお友達?」

 沙恵美が真っ先に視界に入れたのはクヲンの方だった。
 目が合い、クヲンは慌てて居直り、挨拶をする。

「ども、初めまして、白矢クヲンっす。お邪魔&ごちそうになってます」

「仙太の母です、よろしくね。あら、美味しそうなパスタね」

「あ、これ、せっち特製なんスよ!」

「あら、さすが仙ちゃんね! って……あなた、くーちゃんと何してるの?」

「何でもないよ……母さん」

 今の仙太は、空兎の口を塞ぎながら共にうつ伏せに倒れている状態だ。
その腹の下では、キィが目を回しているのだが、それは沙恵美の知る由はない。

 結局、沙恵美は目的の資料を取りに来ただけで、クヲンに「ゆっくりしていってね」と笑顔で告げ、慌ただしくまた出ていってしまった。

 仙太と空兎はずっと同じ体勢のままそれを見送った。

「ふぅ………危なかったぁ」

「嘘言うなよ……君が気付いたのは倒れたときだろ……」

 額の汗を拭う動作をしながら安堵とする空兎を、ジロリと睨みながら仙太が突っ込むと、空兎は、言葉を詰まらせた。

 ひとまず難が去ったところで仙太は食事を続ける。
 ちなみに卓袱台上のキィはというと、まだ目を回していた。

「・・・・・・・・・」

 思わぬ沙恵美の突然の帰宅でうやむやになったが、先程のクヲンのライバル宣言を仙太は引き摺っていた。

(突然、ライバルとか言われても……困る)

 只でさえ空兎の気持ちはクヲンに傾いている───
 そう仙太は思っている。

(余計なことは考えない方がいいな)

 そう考えた仙太は視線をクヲンに向けて、今度こそ聞き出す勢いで尋ねた。

「クヲン、いい加減にとっておきの情報ってのを教えてくれないか?」

「そうだなぁ……そろそろ頃合いだし、いいぜ」

 言うや否や、クヲンのフォークがサラダに盛っているレタスに刺さった。