「さて、バトンタッチだ。松宮」


その先生の声に反応して、振り向いた彼を、実は私は結構前から見ていたのだ。

校則や歴史や伝統についての説明を右から左に流し去りながら、先生の頭の向こうで、ほかの先生と楽しそうに盛り上がってるその男子生徒を。


 夏休み。まだ今日まで夏休みなはずなのに、なんで制服着て職員室なんかにいるんだろうって、考えないわけにはいかないでしょう、やっぱり。


 通ってきたグラウンドには部活やってる様子なんかさっぱりなくて、見上げる校舎の窓は全部ぴっしり閉まってて、まるで人類絶滅みたいな雰囲気だったのに、その中でこんなに楽しそーに笑ってる人がいたなんて、変なの。


「こっちの用事は終わったから、あとは松宮に案内してもらって帰っていいよ。わかんないことも、いっそこいつに聞いた方がいい。生き字引だから、なぁ、松宮」