桜の森の満開の下

わたしが何故、あそこまで桜の森に惹かれたのか、ずっと不思議だった。

そこには理由があったのだ。

会いたい人がいる―という理由が。

当時、桜の森でわたしは迷子になっていた。

そこで同じ歳ぐらいの少年と出会った。その少年こそが、彼だったのだ。

彼とは日が暮れるまで遊んだ。

桜が散っても、ずっと夏も秋も冬も。

けれど彼はわたしが帰る時間になると、いつもこう聞いてきた。

「ずっとここにいられないの?」

でもわたしは首を横に振った。

「ずっとはいられないよ。だって家族のみんながわたしのこと、呼ぶんだもん。呼ばれたら、わたしはそこへ帰らなきゃいけないの」

…そう。あの時の言葉を、わたしはずっと繰り返して彼に言い聞かせていた。

彼は名残惜しそうに、それでも見送ってくれた。

だからわたしは家族の元へ、帰れたのだ。

彼にそう言えば、わたしは必ず家に帰れた。

…わたしは本能的に分かっていたのだ。

もし一度でも、彼の前で

「帰りたくないなぁ」

などと呟けば、二度と家族の元へは帰れないことを…。

そうして行方不明の人達が出続けていることを。

でも彼は待っていると言った。

きっといつか、わたしがその一言を言うのを、今までずっと待っていたのだろう。

たった一本の桜の木に、その力と気を移しても尚、わたしを待っていた彼。

いや、正確にはあそこへ来た人達と共に、待っているのだろう。

わたしを。