桜の森の満開の下

その後、わたしは無事に家に着いた。

持って帰った桜を、家族はとても喜んでくれた。

それどころか難病を患っていた祖母が、完治して、元気になった。

きっと懐かしい故郷を思い出したからだろう―と家族は笑っていたけれど…。

デジカメで撮った写真のことを思い出し、わたしは目を閉じた。

兄に預けたデジカメには、ダムしか映っていなかった。

あの桜は一枚たりとも、撮れていなかったのだ。

全てが黒く塗り潰されていた。

まるであの桜の森は、存在しなかったのだと言うように。

そして昔、あそこに住んでいた人達と連絡が取れた。

その人達が言っていた。

あの村は一本の桜の木を残し、すでに桜の森は無いのだと言う。

すべてが、ダムの底へ沈んでしまったのだと…。

でもわたしの手元には、あの桜のしおりがある。

キレイな花びらを選び取り、祖母がしおりを作ってくれたのだ。

そして祖母に聞いてみた。

彼のことを…。

祖母は知らないと言っていた。

小さな村だったから、そんな子がいれば分かるはずだと言って…。

兄弟達にも聞いてみたけれど、みんな首を横に振った。

やがて桜が散り始める頃、わたしは昔のことを思い出していた。

そう、10年前のあの村にいた時のことを。

桜の森で、出会った一人の少年のことを…。