「何時移る?」
 与次郎は三成に速答した。
「この村には治部少輔様の恩義を仇で返すような者は、居りませぬ。だが兵部大輔様の兵は間近に迫っております。早速手筈を整え、明日中に移りたく存じます」
「左様か」
 三成は座礼をしようとした。
「その様な勿体無いことをされますな。あの時免租ばかりか百石の米迄下されたので、私共は今日生きております。殿の厚恩に比せば、これ位は当然です」
 与次郎は止めたが、三成は頭礼を済ませた。
「わしはこの度の戦で、人心を知った。人は利に敏(さと)く義に疎い。さればこそそちの義侠心に、頭を下げずにおれぬ。有難う」
 三成は今一度一礼した。嘗て豊臣家筆頭奉行として天下の仕置を遂行した俊英の可憐な心情に、与次郎は落涙せずにはおれなかった。