それから半月後、信じられないような布告がなされた。古橋村の年貢を免租し、米百石を下す。丸で神様の恩恵みたいな処置に、村民は狂喜した。
「治部少輔様は天下一の殿様や。治部少輔様の為やったら何でもしよう」
 と言い合い、三成の治世の永続を祈ったのである。
 与次郎は島左近のあの武者面を惹起(じゃっき)した。
(真の侍とは、偉いものや)
 今迄武士に対して抱いていた、
(民百姓など一考もせず、戦に明け暮れている連中)
 というイメージを修正せざるを得なかった。
 古橋村の民衆は三成より賜った百石の米で蘇生し、一村崩壊の危機を免れたのだった。
 更に半月が過ぎた。
 その日古橋村は、石田三成来村の報に、沸立っていた。与次郎はどうしても三成に謝礼したかった。沿道に出て、三成一行が通過するのを待機していた。
 与次郎は妻子共々路肩に平伏し、三成一行が通り過ぎるのを見送っていた。
(どうしようか)
 まさか飛び出して、三成に直接礼を述べる訳にもいかない。与次郎が空しく臥せっていると、一人の騎馬武者が近付いてきた。
「与次郎ではないか」
 与次郎はその野太い声に、聞覚えがある。
(島左近様)
 畏る畏る見上げた。島が頑丈そうな白い歯を見せている。
「島様。この度の事は御礼の言い様もありませぬ」
「礼なら殿に申し上げよ。わしは取り次いだのみ。殿が全て決裁されたのじゃ。暫し待て」
 島は三成の側に駈け寄った。三成も馬上にある。島が三成に何か告げた。三成は頷き、島に先導されて与次郎の前にやって来た。
 与次郎が平身低頭すると、
「よい。面を上げよ」
 とやや高めの清音が響いた。一隊の歩も止んでいる。
 与次郎はそっと顔面を上昇させていく。三成の切れ長で好奇心に富んだ目容に、与次郎は吸引されていった。
(佐吉の頃と変わらぬ目だ)
 与次郎は懐かしかった。三成も与次郎を記憶している。幼少時の同窓というのは、甘辛い夢想を描かせる。