与次郎は三成に諄々(じゅんじゅん)と、説得されている。与次郎は静聴しながらも、
(この人を見殺しにできようか)
 と地団太を踏んでいた。
(吾身を捧げても余りある領主様だ)
 と心底見極めたのである。聴き終えるや意を決して願出た。
「殿。わしも同行させてください。一緒に大坂を目指しましょう。わしが殿の目となり、足となります。世の為、人の為に生きてくださいまし。殿しかこの世を正せる御人はおりませぬ」
 与次郎達の願う世は、公明正大な社会である。
(そのような天下を造れるのは、治部少輔様以外にない)
 義を重んじ、公正であり、尊大にあらず。庶民は本能的に自分達の為に働く君侯か否かを、嗅ぎ分ける。
(この人の為に死のう)
 与次郎は熱意を込めて、三成に生還を懇願した。
「天下国家の為に生きて下され」
 与次郎は一歩も引かなかった。

 半刻後。与次郎の請願に絆され、三成は動いた。成功の可能性は稀少であったが、与次郎となら、行動できる。
(島左近を得た時と同じ興奮に、身を委ねよう)
 と心したのである。
 与次郎は雀躍(じゃくやく)した。早速旅支度を整えるべく龍泉寺裏の自宅に戻った。旅支度に身を包んだ与次郎が岩窟へ向かわんとすると、玄関で声がした。
「御免ください」
(与吉?今頃何じゃ)
 与次郎は娘婿の与吉の間の悪さに舌打しながら、戸を開いた。
(これは)
 与吉が突っ立っている。背後には武者が、勢揃いしていた。リーダーらしき武士が名乗った。
「田中兵部大輔様が家臣。田中伝左衛門である。石田治部少輔が許へ案内せよ」
「与吉」
 与次郎の睨みに与吉は、
「家族の為や」
 と言い返した。田中兵は乗物一挺を携えている。ここで白を切っても、ばれるのは明白だった。